バドミントン女子ダブルス歴代・五輪の成績まとめ!ペア解消と理由も調査

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バドミントン女子ダブルス歴代・五輪の成績まとめ!ペア解消と理由も調査

数々の名ペアが誕生してきた日本のバドミントン女子ダブルス。ペア名の知名度が高いペアもいくつかありますが、五輪での成績はどういったものだったのでしょうか。中には金メダルを獲得したペアもいるのですよ。

今回はバドミントン女子ダブルスの歴代の五輪の成績やペア解消の理由について調査しました。

目次

小椋久美子・潮田玲子ペア

最初に紹介するのは小椋久美子選手と潮田玲子選手のペアです。いわゆる「オグシオ」として世を席巻した、日本の女子バドミントン史におけるレジェンド的存在の二人。日本ランクで1位にも輝いた二人は、2008年の北京五輪で5位に輝きました。2004年のアテネ五輪までは、多くのペアが挑戦する中で1回戦敗退、及び2回戦敗退に終わっていましたが、オグシオペアの5位入賞は快挙だったのですね。

北京五輪での戦いの後、小椋久美子選手はロンドン五輪を目指し早期に次の戦いを見据えたものの、潮田玲子選手はこれまでと同じ過酷な戦いをすぐに始める気にはなれず、その気持を察した小椋久美子選手が「他の選手と組んで臨みたい」と解消を持ちかけ解散となりました。

出展:テレビ朝日スポーツ【公式】

末綱聡子・前田美順ペア

実は、2008年の北京五輪でオグシオペアを上回る日本人女子ペアが存在しており、それが末綱聡子選手、前田美順選手の「スエマエ」ペアでした。二人は2008年の北京五輪の準々決勝でアテネ五輪金メダリストの中国ペアに大金星を挙げ、最終的に4位入賞を果たしました。ロンドン五輪では1次リーグで敗退となっています。

この活躍をきっかけに一躍有名となったスエマエの二人ですが、2013年9月に末綱聡子選手が「競技人生の区切り」として日本代表引退を表明、続けてリオ五輪を目指すこととなった前田美順選手とはペア解消になりましたよ。

藤井瑞希・垣岩令佳ペア

続いて紹介するのは藤井瑞希選手と垣岩令佳選手の「フジカキ」ペアです。青森山田高校の先輩後輩同士で組まれたこのペアは、2012年のロンドン五輪で銀メダルを獲得。バドミントンがオリンピックの正式種目に採用されてから、日本勢として初のメダル獲得という偉業を果たしました。

オリンピックの後に藤井瑞希選手は一度ペアを解消して第一線から退くも、2017年に再結成。2018年に共に引退し、藤井瑞希選手は競技普及、垣岩令佳選手は指導者へと進みました。当時二人の年齢は30歳前後となっており、年齢も引退の理由の一つだったのかもしれません。

高橋礼華・松友美佐紀ペア

続いて紹介するのは高橋礼華選手、松友美佐紀選手の「タカマツ」ペアです。ヨネックスオープンジャパン、BWFスーパーシリーズファイナル、全英オープンで日本勢初の女子ダブルス優勝を果たしBWF世界ランキング1位にも輝いた最強ペアは、2016年のリオデジャネイロ五輪でも見事優勝。日本のバドミントン史上初のオリンピックでの金メダルを獲得しました。

東京五輪も目指したタカマツペアですが、ライバルペアに阻まれ東京五輪出場が絶望的になったことを機に、高橋礼華選手が現役引退を発表、松友美佐紀選手は混合ダブルスへと舞台を移し、ペアは解散となりました。

福島由紀・廣田彩花ペア

続いて紹介するのは福島由紀選手、廣田彩花選手の「フクヒロ」ペアです。2014年に実業団、ルネサステクノロジの同僚同士でペアを組んだ二人は2017年の世界選手権で銀メダル、日本に同種目での40年ぶりのメダルをもたらしました。廣田彩花選手が2021年6月に右膝前十字靱帯断裂の重傷、それでも五輪の為に手術を回避し、東京五輪に出場しました。1次リーグを2勝1敗で勝ち抜けるも準々決勝で敗退、5位入賞という結果でしたよ。

福島由紀さんはパリ五輪のタイミングで区切りをつけたいと考えており、両者話をした上で2024年9月にペア解消に至っています。

永原和可那・松本麻佑ペア

続いて紹介するのは永原和可那選手、松本麻佑選手の「ナガマツ」ペアです。同学年で北都銀行の同僚だった二人が2014年にペアを組み、2018年には当初出場メンバーに入っていなかったにもかかわらず、繰り上がりでの出場からどんどん勝ち進み、フクヒロペアとの決勝戦に勝利して日本選手41年ぶりの世界選手権制覇を果たしました。2021年の東京五輪では1次リーグを3連勝で勝ち抜けるも準々決勝で敗退し5位入賞、2024年のパリ五輪では1次リーグ敗退となっています。

パリ五輪を追え、永原和可那選手は現役引退、松本麻佑選手は現役続行と進路が分かれたため、ペア解消となりました。

志田千陽・松山奈未ペア

最後に紹介するのは志田千陽選手、松山奈未選手の「シダマツ」ペアです。高校生時代の2014年に、違う高校同士の二人でペアを組んだ二人は2017年の再春館製薬所入社以降本格的にダブルスを組むようになり、インドネシア・マスターズやインドネシアオープンといった大会で見事優勝、2023年には世界ランキング2位まで上り詰めました。2024年のパリ五輪では銅メダルを獲得しましたよ。

パリ五輪の戦いを終え、松山奈未選手の心は完全燃焼。一方で志田千陽選手の世界一への思いはまだ強く、その思いに松山奈未選手は応えられなくなり、2025年9月に二人はペア解消となりました。

アテネ以前のペアは?

バルセロナ五輪から正式種目となったバドミントン。1992年のバルセロナでは「陣内貴美子選手・森久子選手」「捧匡子選手・松尾知美選手」「鴻原春美選手・水井妃佐子選手」のペアが出場、いずれも2回戦敗退となりました。1996年のアトランタ五輪では「坂本雅子選手・松尾知美選手」ペアが2回戦敗退、「宮村愛子選手・宮村亜貴子選手」ペアが1回戦敗退となっています。

メダルへの道は遠かった

2000年のシドニー五輪では「岩田良子選手・松田治子選手」ペアが2回戦敗退、「井川里美選手・長峰弘子選手」ペアが1回戦敗退という結果に。2004年のアテネ五輪では「中山智香子選手・吉冨佳子選手」ペアが2回戦敗退、「山本静香選手・山田靑子選手」ペアが1回戦敗退に終わっています。メダルへの道は、なかなか遠かったのですね。

最後に

今回はバドミントン女子ダブルスの歴代の五輪での成績やペア解消の理由について紹介しました。圧倒的な強さを誇ったようなペアであっても二大会連続での五輪の出場は難しく、ましてや二大会連続で好成績を残すというのは厳しい話なのですね。4年という月日の長さ、競争の激しさが感じられます。

この記事を書いた人

バドミントン歴は約8年。「へぇ〜」と楽しめるような記事を目指して、バドミントンの魅力をわかりやすく、ちょっとでも身近に感じてもらえるような情報を、マイペースに発信中!

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